ウォルト・ディズニーってどんな人?ドキュメンタリーから分かる素顔

ペイザンヌ
ディズニー大好きペイザンヌです
ディズニーランドと言えば夢と魔法の世界!
ミッキーをはじめとする愛らしいキャラクター、華やかなパレード、素晴らしい音楽・・などなど、今なお世界中の人々を魅了し続けています。
ディズニーランドに行ったことがある方なら、笑顔でミッキーと手をつないでいるウォルトの銅像を見たことがあるはず。
しかし、その笑顔の裏には知られざる苦悩があったのです。
今回は、ウォルトに近しかった人物の証言などを基にしたドキュメンタリー「ウォルト・ディズニー」から見える、彼の裏の顔についてご紹介します。

わんわん工場長
ディズニーについてもっと詳しくなりたい方にオススメです
ウォルト・ディズニーは父親が会社を経営しており、裕福なお坊ちゃまとして育ちました。
小さいころから絵や漫画を描くのが趣味で、性格は社交的、ギャグと話題の中心にいるのが大好きだったそうです。

ペイザンヌ
イケメン(個人の感想)だし、今で言うスクールカーストの最上位って感じですね
しかし、父親はかなり横暴な性格で小さい頃はあまりいい思い出がなく、暗い幼少時代を過ごしていたというから驚きです。
第1次世界大戦から帰還すると一般企業に就職。
その時に映画にハマり、たくさんのアニメーションを見たウォルトは「自分ならもっと面白いアニメーションが作れる」とアニメの書き方を本で研究。
個人で初めて製作したアニメは「カンザスシティの春の大掃除」で、小さな劇場に売り込みに行ったそうです。

起業と苦境

この作品でちょっとした名声を得た彼は、アニメを本格的に作るため、勤めていた企業を退職してラフォグラム社を創業します。
その後ラフォグラム社は配給会社からアニメ制作を依頼され、妖精をテーマにした短編アニメを作成。

ペイザンヌ
妖精ってのがまた、ディズニーらしさが出ていてたまりませんなぁ
しかし、アニメの納品先は報酬を払わず逃亡してしまう悪徳配給会社でした。
これによりウォルトは従業員に給与も払えない状況に陥りますが、状況を打開するためこれまでにないアニメを作ろうと決心。
それはアニメの中に実写の人間を登場させ、2Dと3Dを融合するという全く新しい構想でした。
この案をニューヨークの配給会社に送付したウォルトは、お金をかき集め、会社に寝泊まりしてほぼ1人でこのアニメを作り上げます。
しかし、完成と同時に残念ながら会社は破産それを機にウォルトは一旦アニメ制作から離れてしまうのです。

ペイザンヌ
なんだって!

転機

映画が好きだったウォルトは映画監督を目指そうとロスアンゼルスへ向かいますが、仕事が見つからずプー太郎のまま。
兄のロイ・ディズニーから「もう普通に働きなよ」と言われ夢を諦めようとした時、以前手紙を送ったニューヨークの配給会社から「あのアニメどうなりました?」と連絡が入ったのです。

わんわん工場長
これぞ運命の瞬間!
2Dと3Dを融合させたアニメ「アリスの不思議の国」は、見事に配給会社との契約が決定します。
これを受けてウォルトは兄を誘い、新たにディズニー・ブラザーズ社を設立。兄は会計など事務仕事を担当しました。

ペイザンヌ
いくつも事業を起こすという点はお父さん譲りだったんですね
ウォルトは自分にはそこまで絵の才能がないということを自覚していたので、自分よりも優秀なイラストレーター、アブ・アイワークスを採用します。
アイワークスが加わったことにより、アニメに磨きがかかり、配給会社は「お金はいくらでも払うからたくさんのアニメを作って」と依頼してきました。
事業が軌道に乗ったウォルトは、同じ職場で働いていたリリアンと結婚。
そして事業規模を拡大するにあたり、自分の独創性とアイディアを象徴するため社名をウォルト・ディズニー社に変更します。

自惚れと裏切り

しかしこの頃、アニメのライバル社が台頭していました。
ライバルに勝つためには、人々に愛される独自のキャラクターを作る必要がありました。
配給会社から「ネコは市場にあふれているからうさぎのキャラを作っては?」と提案され生まれたのがうさぎのオズワルドで、一躍人気者になります。

わんわん工場長
配給会社のマーケティングが成功した訳ですな
事業は軌道に乗っていたものの、収益のほとんどは従業員に還元されませんでした。
さらにウォルトは自分が納得できる仕上がりでないと従業員を怒鳴りつけていたようで、従業員の間では不満が溜まっていました。
ちょうどこの頃、うさぎのオズワルドの版権はこちらの手元にあると気付いた配給会社が、ウォルト・ディズニー社の優秀なアニメーターたちに「うちに来ないか」とヘッドハンティングを始めていました。
アブ・アイワークスが「従業員が引き抜かれてしまうぞ」と忠告するも、ウォルトは本気にせず取り合いませんでした。
結果、アイワークス以外のほとんどの従業員がウォルトの元を離れ、版権もなかったことからうさぎのオズワルドを製作できなくなってしまいました。
しかしここでへこたれるウォルトではありませんでした。オズワルドよりもっと面白い作品を作ってやる!と意気込んだのです。

起死回生

それまで独創性に突っ走っていたウォルトでしたが、今度はアニメーターたちと意見を交わしながらキャラクター作りを始めます。
あーでもない、こーでもないと筆を走らせて出来上がったのがミッキーでした。

わんわん工場長
最初はモーティーマーと名付けようとしたけど、奥さんの提案でミッキーになったんだって

ペイザンヌ
内助の功ってやつですね
さらに他と同じことをやっていてはダメだ、とアニメに音を入れる決断(トーキーアニメ)をします。
ミッキーアニメを売り歩くこと3ヶ月、ブロードウェイのコロニーシアターと2週間の上映契約が成立!
ミッキーは1928年11月18日にスクリーンデビューし、歌って踊れるコメディアンとして大ヒットしました。
ウォルトは後にミッキーは自分であり、ミッキーと自分は一番仲良し」と発言しています。

蝕まれる精神

事業の成功と共に仕事は大忙しになりますが「作品の最終決定権は全て自分にある」と1つ1つに目を通すウォルト。
朝から晩まで働くものの、アニメを書く立場から監督のような立場になったことで次第に精神が蝕まれていきます。
さらにその頃、妻のリリアンが流産。周りの心配をよそに仕事に打ち込むものの、些細なことで泣き出すなどウォルトの精神は限界に来ていました。

ペイザンヌ
そんな辛い過去があったなんて知らなかった・・
医師のススメで人生で初めてちゃんとした休暇をとったウォルトは、後にあの時の精神衰弱は神様の贈り物だったと話しています。
その後制作したシリー・シンフォニーシリーズは芸術性が高く評価され、アニメーター界の神と評価されたのです。

わんわん工場長
これで順風満帆!ディズニーランドいっちょあがり?

ペイザンヌ
いやいや、ディズニーランド作るまで本当に大変だったんだよ

ドキュメンタリー「ウォルト・ディズニー」を無料で見るには

今回は4部構成のドキュメンタリーのうち第1部を要約してご紹介しました。
ドキュメンタリーではウォルトが初めて作った「カンザスシティの春の大掃除」や「アリスの不思議の国」など貴重な映像がたくさん登場します。
U-NEXTなら4部構成全てのエピソードが無料で、さらに登録時に付与されるポイントでディズニー映画を見ることも可能です。
登録から31日以内なら、解約してもお金はかかりません。
夢の国ディズニーランドがどのようにして築かれたのかをはじめ、ウォルトの意外な一面を知れるディズニーファン必見のドキュメンタリーです。
配信は2021年11月30日まで!
ディズニーについてより詳しくなれる「ウォルト・ディズニー」ぜひご覧になってみて下さい。

 

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